『日本書紀』では、允恭天皇の皇后の妹で、天皇に愛された弟姫が比類ない美貌で“艶色”(肌の色ツヤ)が着物から透けて輝いていた。そのため“衣通郎姫”と呼ばれていたと、これも顔のパーツよりも肌の美しさがうたわれている。中国文学の影響もあるのだろうが、闇の時間が多かった古代では、細かな見た目よりは、直接、手に触れた柔らかさやみずみずしさ、夜目にも白く輝くように浮き上がる肌のツヤといったものが重視されたのだろう。女性作者の多かった平安文学と違い、作者が男性であるということも手伝っていようが、それにしては目元や目元といった「部分派」にはならず、肌の質感ばかりにこだわっている。物語の元祖と紫式部に評される『竹取物語』のかぐや姫が、その美しさで。屋の内は“暗き所なく光満ちたり”というのも古代の美人描写の流れを汲んでいるのだろう。古代の男にとって、女は「見て語らってつきあう対象」というより、「触れる対象」、手っとり早くいえば「性愛の対象」だったのか。
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